Paul and his roaster at Caribeans photoblog Paul and his roaster at Caribeans
Thu, Mar 11 09:26 UTC

妹のMimiと僕とは様々な点で対照的だ。彼女は成績がオールA、僕はBだらけだった。彼女は学業に集中でき、簡単にこなしていたようだったが、僕は悪戦苦闘した。

結果、Mimiはどこでも行きたい大学に行けるという選択肢を得ることになり、最初はハーバード、その後スタンフォードで学ぶ、職業としても学問の道をそのまま進んでいる。

一方の僕は、第一志望クラスの大学のどれにも入れず、入った先でも数年だけ通ってドロップアウトした。後に、一緒に仕事をしていた有名な物理学者に説得されて再び大学に通うことにしたものの、正式な教育に、また講義に集中して何かを学ぶという能力を僕自身が欠いていることに幻滅し、再びドロップアウトしてしまった。(80年代の終わり頃のシカゴのナイトライフシーンという、素晴らしいコミュニティを知ったのもあった。)

僕が正式な教育を通じて学んだ最も重要なことは、中学で習ったタッチタイピングか、もしかすると高校でレスリングをやっていた学んだ仲間意識と運動競技の大切さかもしれない、と言ってもいいだろう。

正式な教育とはこうも相性が悪いわけだが、僕は会社を運営し、講演をし、Mimiと同じ会議のいくつかに出席することを許されるくらいのことを学ぶことができた。

学び方とデジタルメディアを専門とするMimiと、正式な教育と非公式な教育について話しをした。また僕が(どうやら)生き残れた理由は次のようなことだろうとも話しをした。頭の良い人たちや指南してくれる人たちとの接点を持っていたこと、また理解ある母親のサポートがあったこと、他にも、興味を持ったらとことんのめり込む僕の性格、そしてインターネットにアクセスできる環境にあったこと、だ。正式な教育を改善してドロップアウト率を低下させることが非常に重要とする意見には僕は全く同意するものの、(少なくとも現在の形態での)正式な教育にあまり適さない性格や興味を持っている人たちはどれくらいいるのだろうかと考えてしまう。

僕のように正式な教育と上手く付き合えない人の内、健全な正式教育を受けられる環境にありながら、指南役がいない、インターネットにアクセスできないといったことでドロップアウトしてしまう人間はどれくらいいるだろうか。非公式な教育の重要性を正しく認識し、それを後押しできるような方法―正式な教育からドロップアウトすると現状では社会的不名誉を負ったり孤立したりしがちであるが、そのような不利益を伴わずに、興味本位で自主的な学び方のほうが得意である私のような種類の人たちがそのような学び方で学べる方法はないだろうか。

あるいは正式な教育のほうをより柔軟なものにして、より幅広い学習適性を持つ人たちにも対応できるようにすることで、僕のような人間が正式な教育の枠組みの中でも卒業できるようにすべきなのか? 妙な話だが、僕の非公式な学び方ではいくつかの分野で遂に限界に達しつつあるため、自分の興味対象の分野を探究するために必要な厳密さと深さを求め、僕の場合、正式な教育を提供する機関を拠り所にすることがますます増えつつあるのだ。

Mimiが上記と関連の深い講演「New Media and Its Superpowers: Learning, Post Pokemon」(新しいメディアおよびその大いなる力:ポケモン以後の学習について)をアップロードした。

Seth GodinのLinchpin Postsのためのインタービュー。

Seth: 現在仕事をしているシンガポールにおける企業家をとりまく環境について簡単に教えてください。そこで成功を収めている理由とは?

Joi: シンガポールには興味深い要素がたくさんある。国家規模が小さいので政府がとてもうまく組織されていて、シンガポールを非常に効率的に、柔軟に運営できている。賢い人材には容易にビザを発行する方針で、中東、アフリカ、インド、中国、日本との間に短時間の直行フライトがある。英語を話し、インフラも非常によく整っている。

10年前、最初のインキュベーター会社を経営している時にシンガポールと提携しようとしたが、まだ少し早すぎた。現在はいくつかの点で状況が変化した。技術面の進歩により、より少ない人数とコストでより多くのことを実現できるし、消費者向けインターネット会社は社会的にも世界的にも発展を遂げた。プラットホームを見ても、Twitter、Facebook、Android、iPhone、Blackberryなどの世界的なプラットホームが良い例で、十分に世界的になってきている。日本、米国、中国は、それぞれ自国の大規模市場を主な対象とする会社を作る傾向があるようだが、私は最初から世界市場に向けた会社を作るすばらしい機会ではないかと考えている。

鍵となるのは多文化で質の高いチームを作ることで、その点シンガポールは理想的だ。政府による援助も相当なもので、またシンガポールは生活面でも仕事の面でも人気が高いので、非常に質の高い人材を集めてチームを組むことができる。現在私はPivotal Labs、IDEOなどと協力を密にして、シンガポールに素晴らしいアジャイル系の商品開発プロセスを導入するプロジェクトの立ち上げを進めている。

それ以外にも、Pivotal、IDEO、他、シンガポールで事業を営む会社を含め、地元や他国からの人材を育成するための「インキュベーター」かエコシステム的な機構、さらに、そこから生まれる会社やシンガポールに移転もしくはシンガポールで起業を考えている会社に投資するための小規模な立ち上げ支援ファンドの設立を進めている。

Seth: あなたはドバイ、日本、カリフォルニアなど、世界各地で過ごしてきたわけですが、成功を収める企業家に共通する鍵となる要素は何だと思いますか? 「Linchpin」でいう「輪止め的人材」は、リスクを承知で物事を進める人、目標のためにやる気と努力を惜しまない人、プロジェクトの出荷や実行の際にセンスを発揮する人ということですが、これは地理学的なことですか?(違うと思いますが。)

Joi: 地理学的なことではないが、コミュニティは人が学び、共有し、リスクを負うことの手助けをしてくれる。カリフォルニアでは、新興企業のコミュニティが素晴らしく、起業したり後ろ盾を得たりすることが遥かに容易だ。一方で、市場が新商品で飽和してもいる。成長の余地は非常に大きいものの、競争も激しい。

日本は、相対的に企業家が少なく市場もかなり大きいが、摩擦を生み日本での事業を難しくしている要素が他にある。とはいっても、適切な関係先と日本についての正しい情報を得ることができればかなり容易にはなるし、個人的には、企業家たちが日本に挑戦するのを手助けすることにやり甲斐を感じている。しかしカリフォルニアとコミュニティの質が大きく異なるのは確かだ。

ドバイと中東は、同じ言語を持つ巨大な人口集団を擁し、平均年齢が非常に若く、いくつかの国は豊富な資金を持っているため、驚異的な可能性を秘めている。とはいえ、インターネットを活用した本格的な企業にはいわゆるエコシステムを構成するパーツが必要だがそれらはまだ足りていないため、それがいつ、どのような形で開花するかは正確にはわからない。その一方で、宴もたけなわになってから合流したのでは遅すぎるので、僕はインターネット活用企業が本格始動した時にその場にいられればと考えている。すでにその動きが始まっているという明確な兆しもある。Yahooは先日アラビア語ポータルのMaktoobを買収し、企業家やファンドによる会合が日々増えてきている。

僕はまた、企業家というものの定義にも少し影響されると考えている。個人的な意見として、企業家というのは既存の状況と権威を鵜呑みにせず、自分自身で考えて、判断や計画に際しては躊躇せずに素早く実行するものだと思っている。そうできるだけの潜在力は誰にでもあると思うが、社会的な要素、コミュニティや環境などがこれを促進したり、停滞させたりすることがある。とはいえ、企業家はどの地域にも存在し、不利な要素の多い地域で生き残ってくる人たちは、負うリスクも大きいものの、成功を収めた時に得るものも格段に多い。ここのところ僕が手を貸したり一緒に仕事をしたりするのに非常に手ごたえを感じるのは、そういった企業家たちに他ならない。

Seth: あなたは、技術と技術が我々の世界にもたらしている変化に対して、穏やかな、「承知の上での支持」というようなスタンスをとっているように思えます。あえて技術を停滞させようとも促進させようともせず、その状況に自らを浸しているように見えます。あたかも天気に対するように技術に接するかのごときこのスタンスにより、物事をうまく運んだり今後何が起こるかを見通したりする時の方法はどのように変わりましたか?

Joi: 僕の考えでは、物事というのはあまりにも複雑すぎて、何が起こるのかを合理的に予測するのは非常に難しい。やたらと考えまくるよりも、周囲で起こっていることを察知し、洞察し、素早く反応することのほうが遥かに重要だ。大成功を収めた商品も、振り返って見ているからこそ当たり前に見える。大きな変化のほとんどは、的確に予測されてはいなかった。未来の地図が現実に負けないくらい複雑ならば、現実のほうを生きてもよいのではないか?

もちろん計画を立てるのは重要だし、結果がわかっていることについては、何が起こりうるかという仮説を用意しておくことは明らかに利点がある。だがその仮説を信じすぎたり、柔軟性の足りない計画を立てたりすると大惨事を招きかねない。僕に言わせれば、自分のセンサー全てを最大感度で稼働させるには、予測したりああでもないこうでもないと言うよりも、聞いたり奏でたりするのに時間を使う必要があると思う。そうすることで、しばしば嵐が来る前に発端となった蝶を見つけることができる。そしてなぜか直感的に「こいつがその蝶なんだ」とわかる。

Seth: 賢く、積極的で、意欲的な人たちに変化を起こさせうる環境を我々が活用するにはどうすればよいですか? 門もなくなり門番もいなくなりました。そうした場合、次に何をすべきかどう判断すべきですか?

Joi: ティモシー・リアリーがよく言っていたように、「権威を鵜呑みにせず、自分の頭で考えろ」。

そしてその結果に応じた対応をしなければならない。我々は権威を求めるように教わり、プログラミングされていると僕は思っているが、今の段階では、大きな権威がもたらしてくれうる最もありがたい恩恵など、深く自力で考えるように指導してくれることくらいだ。最も重要なことは、我々が自分自身のプログラミングを解除して、権威は必要ではなく、許可を求める必要もないのだと学ぶことだ。これは反社会的になっていいという意味ではない。むしろそれとはある意味対極になる。かつては権力と権威を手に入れるために戦ったが、いったん手に入れた後は、たとえ平凡でいようとも汚職に染まろうとも、状況を支配できる立場にそのまま居座ることを許されていたのだ。

オープンなネットワークの世界では、存在を示してプレーヤーでい続けるには、思いやりを示し、コミュニケーションをとり、価値を創造し、決断力と創造性を有し、他との違いを示さなければならない。自分のネットワークとブランドを発展させていくことで得られるある種の新しい権威もあるが、それは、主に年齢、種族、性別、信条、社会的コンテキスト、資金力に依存していた伝統的でヒエラルキー的な閉鎖ネットワークで我々が向き合う権威とは大きく性質の異なるものである。

Seth: 投資家の立場で、企業家として支援したいと思わせる人はどういう人ですか?

Joi: 企業家の様々な特性に対する重みづけは投資家により異なる。基本となる商品が魅力的で、理にかなっていることをまず前提として、僕の場合は一緒に時間を過ごすと楽しい企業家にしか投資や支援をしない。相性が重要だ。人間同士の相性は一元的なものではなく、ユーモアのセンス、コミュニケーション能力、熱意、決意、子供っぽさ(ネオテニー)にいたるまで、多種多様な要素がからんでくる。僕はしばしば企業家たちと長い時間を一緒に過ごすので、個人レベルでコミュニケーションを楽しめるというのは重要なことだ。

他人から支持をとりつける能力を企業家がもっているかどうかについてはやはり考えるが、ベンチャー投資の観点からすると、企業家が支持をとりつけるべき主なターゲットは、次回の分の投資家の面々だ。考えてみると、僕は共に投資をする人たちについても上記と同じ基準で判断している。僕が好印象を抱き、尊敬している人たちとのみ共に投資を行うようにしている。100パーセントではないが、人に関しては、僕の友人たちも似たような趣味をしている。

重要なのは、友人や仕事相手に喜んで紹介でき、つき合いがあることを誇れる、そんな企業家たちを支援することだ。

一般大衆の場合、彼ら企業家との接点はほとんどが商品だろう。企業家はその商品で、大衆が興味を抱くのに十分な理由を表現しなければならず、人を巻き込んで評判が口コミで広がっていくような流通計画をもっている必要がある。

Seth: いかにして質の高いチームを構築して運営しているのですか?

Joi: 自発的な人、僕とのコミュニケーションが容易にとれる人、そして人に関する判断力が信頼できる人を探す。そういった人を責任者にして、代表を務めてもらい、僕からは後方支援をしつつ、チームを構築してもらう。その後は、枠全体を自分が運営したり全体の状況を漏らさず理解したり把握したりしようとはせずに、問題解決や微調整、支援面に注力するようにしている。但し僕には特にこの方法が向いているということであって、どれほど効果的かは人によって違うかもしれない。

Seth: 「輪止め的人材」の鍵となる要素の一つは、彼らがプロジェクトを出荷し、アイディアを行動に移すことです。あなたの場合、成功の秘訣は疑いなくあなたが出荷しているという点です。これは学んで身につけたものですか、元々の性質ですか? 同じように活躍をするには、何を学ぶべきでしょうか?

Joi: いざ出荷、という時の本番前の緊張を乗り越えるのが鍵だと思っている。出荷は早めに、頻繁に、そして反復してフィードバックには漏らさず耳を貸す。耳をすまして聴く勇気と、商品にフィードバック分の調整を適用する能力があれば、完璧なものを出そうとして待っているよりも有利だと思う。商品もしくはプロジェクトを人とコミュニケーションをとる方法としてとらえて、商品開発を開発として考える、というスタンスが一手かもしれない。

もちろん、講演者に話術と適切な話し方が必要なように、優秀なデザイナーや開発者は必要だ。プレゼンテーション用のツールが改善され始めたように、Ruby on Railsやアジャイル開発など、これをかなり容易にする手段もある。だから、耳を貸す勇気と能力、そして適切な方法や実践術を身につける必要がある。ありがたいことに、その大半は無料で使え、喜んで教えてくれる人が大勢いて、それらのことが全部オンラインでできる点だ!


以下はSethの新刊に寄稿したものだ。

ネオテニーとは成体において幼体的な性質が残る現象のことだ。人間は地球上の他のどの生物よりも未成熟な期間が長く、大人になるまでに20年近くを要する。大人になっても子供的性質を多く残すものの、我々の多くは遊ぶことをやめ、仕事に集中するようになる。

我々は若者時代に学び、社交し、遊び、試行錯誤し、好奇心をもち、物事に驚嘆し、喜びを感じ、自らを変化させ、成長し、想像し、希望を抱く。

大人になった我々は真面目で、生産をし、物事に集中し、争い、守り、強い信念を抱く。

これまで我々は、効率性を追求し、多くの物を生産したり自分の縄張りを守ったりしてきたが、そういったことよりも、この惑星の未来では、協力し合ったり変化を受け入れたり、創造したりすることに比重が移っていく。

我々の生きる時代とは、飽食の中にあっても人々が飢え、テストステロンによる縄張り争いや、環境を意のままに操りたいと思う衝動が最大の敵となっている、そんな時代なのだ。

子供たちの声に耳を貸し、ネオテニーの導きで、大人たちが作り出した凝り固まった枠組みや独断を超えていく、そうあるべき時代になっているのだ。

訳:

「Twitter Japan」が Twitter 上で有料アカウントサービスを始めるという一部報道がありま すが、こうした事実はありません。日本において Twitter は無償のサービスであり、Twitter 社 や株式会社デジタルガレージが、有料アカウントについて検討したり計画を立てたりしたことはありませ ん。また、Twitter 社と DG は事業パートナーシップを結んでいるものの、ジョイントベンチャーの 設立についての事実がないこともここに改めてご説明します。

本件に関する報道は、DG の子会社である株式会社 DG モバイルが、サードパーティとしての 有料サービスの可能性について誤解を招きかねない説明を行ったことが発端になっています。 DG モバイルの説明は、Twitter 社とデジタルガレージのパートナーシップとは関係ない別個の ものです。

デジタルガレージ(私自身を含む)は、このような誤解を招いたことおよび、その修正についてのお知らせが遅れたことを深く お詫びします。この説明によって、Twitter 社に協力することを通じて Twitter を無償のサービ スとして日本のユーザーに広めていくという弊社の方針を、多くのみなさまが理解してくださるこ とを望んでいます。

Update:

DG Mobile
mobidec2009における講演内容に関するお詫びと訂正


11月25日に東京で開催されたmobidec2009において当社役員が利用したプレゼンテーションの一部スライドが、米国Twitter社が個人向けサービスの有料化を検討しているような誤解を招きかねないものでした。結果、こうした誤解に基づく報道が行われ、各方面にご迷惑をおかけしました。

当該スライドは本来、DGモバイルがサードパーティとしてのサービスを指し示したものでした。

Twitterユーザーの皆様ならびに報道関係者の方々、米国Twitter社には、ご迷惑をおかけしたことを重ねて深くお詫び申し上げます。

マッキンゼーのWhat Mattersのために記事を書きました。

編集前のバージョンの日本語訳です。 (訳:金沢チーム)

インターネットに関するイノベーション爆発の原動力となっているのは、オープンスタンダードによって規定されたオープンネットワーク上で働く人々からなるエコシステム(生態系)である。しかしながら、様々な機器をますますシームレスな形で接続する技術が生まれるなか、そもそもイノベーションを「守る」ために設計されたはずの複雑な著作権制度が原因で、システム内の摩擦や障害が目立ち始めた。だがオープンネットワークプロトコルによって、相互利用可能で摩擦を生じないネットワークが誕生し、著作権問題の多くはオープンメタデータと法的基準による解決が可能になり、摩擦や現時点で必要なコストは大幅に削減されている。

Ethernet やRJ45コネクタが標準となる以前、僕たちは様々なネットワーク技術やコネクタを使ってコンピュータ同士を接続していた。通常、違うメーカーのコンピュータを接続することは物理的に不可能だった。Macintosh用にAppletalkケーブルを持っていても、PCのネットワークケーブルとは接続できなかったことを思い出す人も多いだろう。Ethernetは「きわめて洗練された」プロトコルというわけではなかったが、その単純さと、利用には障害となる特許が開放されていたことから、標準的なコンピュータ接続方法として広く利用されるようになった。

TCP/IPが開発される前は、たとえコンピュータを物理的・電子的につなぐことができても、特許で守られたネットワークソフトなしでは本当の意味での通信を行うことはできなかった。当時は、AppletalkやMicrosoft固有のプロトコルなど、コンピュータやOSベンダー発のネットワークプロトコルがあった。あるいはBanyanやNovellなどのベンダーのネットワーク機器とソフトウェアを買うという方法もあった。

僕が鮮明に覚えているのは、TCP/IPのことを初めて耳にし、MacintoshとPC用の無料のものをダウンロード、実装して、自分の持っているコンピュータ同士の接続が初めて可能になったときのことだ。いやもっと重要だったのは、TCP/IPを使えば世界中のどのコンピュータとも接続できるということだった。TCP/IPがインターネットの創成を可能し、ローカルネットワークにせよ、The Source、CompuServe、AOLなどが独自の方式で展開していたサービスにせよ、特許で守られたネットワークの時代を終わらせたのである。

そしてティム・バーナーズ・リーとWorld Wide Webが現われた。ここでも僕がよく覚えているのは、「インターネット上のどのコンピュータにでもログインし、論文をダウンロードし、引用を探して追跡し、リファレンスを簡単にダウンロードできるようになっているのだから、World Wide Webは必要ない」と多くの人が主張していたことだ。当初、World Wide Webによって実現したインターネット上のドキュメント作成における高い相互性と単純性に価値があることを認識していた人は、ほとんどいなかった。

だが結果としてわかったことだが、これらオープンスタンダードのどれもが爆発的なイノベーションを引き起こした。Ethernetの登場によって、電話会社設計の非常に高価なネットワークシステムを構築した巨大ベンダーに支配されていた領域にCiscoや3Comなどの企業が出現し、何年もかけて政府間の標準規格機関が作り上げた規格と競合する力を持つようになった。

同様にTCP/IPの登場によって、独立系の企業、すなわち最初のインターネットサービスプロバイダ(ISP)が企業や個人向けのネットワークサービスに参入できるようになり、多くの国では初めて、政府の認可を受けた電話会社による独占状態が崩れた。これを受けて通信コストの削減競争が始まり、さらには多くのフリーソースやオープンソースを利用したソフトウェアコンポーネントから構成される包括的なエコシステムが実現した。作家のデビッド・ワインバーガー氏は後にこのシステムのことを「小さなピースが緩く結合したもの」と表現することになる。この新たなネットワークは、オープンスタンダードとオープンプロトコルを利用して少人数のチームが開発した小さなオブジェクト群から作り出されたものであり、全面的に新しいモデルとなった。

かつては、国際電信電話諮問委員会(CCITT、後にITU-Tに改組)など国連の傘下にある組織が各国政府、電話会社、そしてそれらの巨大な研究機関と共同で、複雑極まりない規格を作っていた。それはありとあらゆる問題が起こることを想定して、さらには会議に出席していた各国代表者を納得させるための機能を組み込んだものだった。何年もかけて討論が行われたあと、各国はこれらの規格に合意し、電話会社は巨大ベンダーとシステム開発契約を結び、何年も何百万ドルもかけた大型プロジェクトを推進するはずだった。小さなピース、小さなプレイヤー、十分な訓練を受けず、組織化されず、資金力がなく、認可を受けていない個人や団体が参加する余地はなかった。

だがインターネットがすべてを変えた。インターネット技術タスクフォース(IETF)には、「ラフコンセンサス、ランニングコード(ラフな仕様を作成し、実運用を通じて詳細な仕様を実装していく)」という信条があった。議論には誰でも参加できたし、実際のところ多くの議論がオンライン上で行われたため、その人の発言やその人が書いたコードが理にかなってさえいれば、誰でも貢献することができた。こうした機動的な規格開発方法をとることにより、ごく小さなチームや個人であっても、標準化プロセスと有効なネットワークツールやコンポーネントの開発に参加することが可能になったのである。

かつては「無認可のデバイス」ではインターネットにつなぐことができなかったわけだが、その時代から、TCP/IPに加えて主にHTMLやHTTPなどの簡単な規格とプロトコルを熟知した小さなチームが相互通信に欠かせないプログラムをほぼすべて書くようになるまでには、ほんの数年しかかからなかった。

Webが登場し、ユーザーが「ソースを閲覧」し、コードを互いにコピーしあえるようになったことで、爆発的なイノベーションが起こり、eBayやAmazon、Wikipediaといったコンテンツやビジネスモデルが現われた。

これら大量のオープンスタンダードが登場する前にGoogleを作ろうとしていたらどうなったか、想像してみるといい。特許で守られたOS上で動くソフトウェアを作ろうとすれば、おそらくは何百万ドルも支払う必要があったろう。膨大な数のスタッフを抱えたチームと何年もの年月が必要だったはずだ。Googleは「検索エンジン」なので、電話会社に設計と運営が任された可能性が高い。今で言うインターネットに相当するCCITTのX.25を使うと、まず料金がかかる。また、あちらから送ってくる情報のパケット、こちらから送る情報のパケットにそれぞれ料金がかかるうえに、こちらのネットワークオペレータがいちいち接続先のネットワークオペレータと相互接続協定を結んでいなければならないのだ。

このプロジェクト全体で、おそらく10年と10億ドルが必要となり、しかも満足に動かないという事態さえあり得ただろう。

最初のGoogleサーバーは、標準的なPCコンポーネントと大部分がオープンソースのソフトウェアをベースとして使い、スタンフォード大学のネットワークに接続したもので、その作成・稼働コストをすべて合計しても、実際にはおそらく数千ドル程度だったと見られる。スタンフォード大はすぐに、インターネット上の誰もが追加料金なしでGoogleのサービスを利用できるようにした。

オープンスタンダードと「緩く結合した小さなピース」がコンポーネントとネットワークのエコシステムを構築し、開発、コラボレーション、配信のコストが劇的に下がった。人々は極めて効率的に、しかも極めて低いコストで新技術の採用、展開、失敗、接続、マッシュアップ、リミックスを行うことが可能になり、イノベーションの中心は巨大企業の研究室からシリコンバレーの新興ベンチャーキャピタルへと移って行った。

ここのFailというのはTrial and error的な意味合い(失敗を経ることで進化するという意味合い)で使われたのだと解釈しました。訳ではそのまま「失敗」としました。

もちろん、インターネット創成の前にも新興ベンチャーの投資家はいたが、この新たなイノベーションの原動力が与える影響とその規模は前例がないものだった。

インターネットの利用は、接触の機会を減らし相互運用性を高めるため、様々な経済セクターで次々と中抜きが起きており、混乱が生じている。僕たちがいま目の当たりにしているのは、企業のみならず業界全体がそのモデルを転換し、個人から企業、NPO(非営利団体)に至るまでの新たなプレイヤー全体と競合せざるを得なくなっているさまだ。これらのケースの大部分は価格引き下げやアクセスの増加、そしてユーザーにとっての選択肢の増加につながっている。こうして生まれた新たな業界の規模は、かつての世界的ビジネスのそれを凌駕する。

日本語で摩擦とすると意味が通りませんので、「接触の機会」と訳してみましたが、ご意図と合致していますでしょうか。後半にももういちど出てきます。

インターネットによって僕たちは技術的につながりコラボレートすることができるようになった。だがかつてオンラインユーザー間の通信を開くためにネットワークソフトウェアのエンジニアが必要だったように、いまの僕たち(企業でも個人でも)が合法的にシェアし、コラボレートし、創作を行うためには、著作権とコンテンツ規制の問題を解決する弁護士が必要だ。

インターネットの創成前は、大企業同士が協力してプロジェクトを行うとか、ある企業が別の企業の著作物ライセンスを自国内で取ろうとする場合、双方の交渉役がカンヌの高級ホテルで会合し、シャンパンをなめながら価格交渉を行ったものだった。そして企業幹部がゴルフを何ラウンドか、葉巻を何本か吸っている間に交渉は成立。「うちの者がお宅の担当の方とお話しして」細部を詰め、最後に弁護士が現われて契約を結ぶという段取りだった。こういった取引は数百万ドル規模のものが多く、提携期間を通じた弁護士費用は数十万ドルに上った。だが実際の取引額とコストがあまりに高額すぎて、弁護士費用はコストのなかに埋もれてしまっていた。

現在ではインターネットがあるおかげで、クロアチアの一教授が日本の一教授とコラボレートして教育用ソフトウェアを作ることができる。だが彼らが法的にデータと著作権のあるマテリアルをシェアしようとすれば、双方の大学の法務部門に伺いを立て、ライセンス規定をクリアしなければならない。さらには外部の専門家に法律書類の翻訳をしてもらい、最後にある種の協力契約について交渉することになるだろう。2人の教授のコラボレートで発生する弁護士費用は、技術的コストはおろか、おそらくプロジェクトの総額をも大幅に上回って、事実上、取引が不可能になるほど高額になり、このコラボレーションは失敗ということになるはずだ。

アマチュアの映画制作者がコンテンツを制作し、Webサイトにアップロードするために、インターネットから集めた音楽の著作権をクリアするときのことを想像してみよう。あるいはある人が、自分のブログに掲載した写真を出所明示のうえで使用する権利をテレビ局に与えようとしているところでもいい。多くの場合は取引の総額よりも弁護士費用が上回るので、双方が法律を無視しようとするにせよ、弁護士費用があまりに高いので取引そのものをやめようとするにせよ、シェアリングは失敗するはずだ。

僕が最高経営責任者(CEO)を務めている非営利団体クリエイティブ・コモンズは、「コラボレーションとコンテンツ・レイヤーにおけるTCP/IP」にあたる。クリエイティブ・コモンズの目的はこれらの問題を、一連のライセンスや技術仕様、クリエイターが自身の作品の使用を無料で許諾する旨の表明を行うためのツールを提供することによって、解決することである。クリエイティブ・コモンズのライセンスを使用する場合、商用の再利用を許可するのか、あるいは再利用を非営利目的のみに限定するのかを選ぶ。また著作物の派生利用や改変を許可するかどうか、さらには改変した作品を、利用した作品と同じライセンスを使って全世界に公開させるかどうかも選ぶことになる。

ここでは「作品」と訳しましたが、文脈に沿ってより限定的に「著作物」としてもよいと思います。(実際、この箇所以外は「著作物」と訳しました。ここでは、「クリエイター」ということばには「作品」のほうが馴染むと思いましたのであえてそのまま「作品」とすることにしましたが、他の箇所と統一する必要があると判断される場合は「著作物」としてください。)

クリエイティブ・コモンズは、ユーザーがその著作物をパブリックドメインに帰するためのツールも提供している。一部の科学データや教育資源については、パブリックドメインとすることで最大の柔軟性と価値が生まれるのである。

ユーザーはいずれかのクリエイティブ・コモンズ・ライセンスを選ぶこともできるし、パブリックドメインに置くことを意味するCC0というツールを使うこともできる。Google、Yahoo、Microsoftといったサービスプロバイダはクリエイティブ・コモンズをサポートし、わかりやすいアイコンとメタデータの標準化によって、著作物を形の上で選別するツールを提供している。メタデータの標準化とは、出所表示や引用といったタスクを簡便化・自動化することで、他のユーザーが利用可能な著作物を簡単に検索し使用できるということだ。

ホワイトハウス、MIT(マサチューセッツ工科大学)、Wikipedia、Flickr、Al-Jazeeraその他多数のクリエイティブ・コモンズ・ライセンスのユーザーは、これまでに同ライセンスの元で2億5000万に及ぶ著作物を作り出したが、それらはすべてスタンダードライセンスを使用しているため、他とシェアしようとするたびに弁護士を雇う必要がない。これらの著作物を使って自らの著作物を作る人も、必要な許諾がすでに与えられているので、シェアやコラボレートしようとするたびにいちいち許可を申請する必要がない。

接触機会の減少と高い相互運用性によって、まったく新しいタイプのコラボレーションの機会が創出され、また以前はこの世界の外にあった社会セクターにとって、参入の可能性が高まっている。

オープンコースウェアやオープン教育リソース(OER)運動などのプロジェクトによって、学生や教育者は著作物を互いにシェアし、それを基礎に著作物を制作することができるようになった。透明性と多様性は劇的に高まり、一方でコラボレーションやオンラインラーニングの配信にかかるコストは全体として減少している。

世界の科学者や研究者は、従来の学究機関や企業といった狭い世界の外でデータを共有する機会が増えたため、参加者は増加し、以前には考えられなかった規模でのコラボレーションが可能になっている。

かつては、技術的な困難さと高いコストの陰に隠れ、これらの問題の多くは問題視されず、実際に多くの場合、インターネット創成前の高コストのシェアリングが組み込まれたビジネスモデルを構築するために必要なものであった。

現在、インターネットがコラボレーションとイノベーションの新たなレイヤーを技術的に可能にするなかで、情報をシェアする企業を保護するために整備されたシステムの多くは、より広範囲のシェアリングに対する障壁となりつつある。著作権それ自体すら、コラボレーションの障壁となる可能性があるのだ。

TCP/IPとWebが成功したのは、それらが非営利団体によって監視されたオープンスタンダードであるからだ。非営利団体は、インプットを吸い上げて様々な利害関係者間のコンセンサスを得るというボトムアップ・プロセスを監視する役割を担っている。同様にクリエイティブ・コモンズは、80ヶ国以上の数千人のボランティアを擁する非営利団体であり、コンテンツ・シェアリングのための規格開発と、これを利用する組織のサポートにあたっている。

仮に100のインターネットや100のWorld Wide Webがあったとしても、それぞれが準拠している「規格」に互換性がなかったとしたら、たったひとつのWebの中で僕たちが享受しているネットワークの効用はなくなってしまうだろう。コラボレーション/法的レイヤーにおけるネットワークの相互運用効果を生み出すには、わずか1セットの著作権ライセンスとひとつのメタデータ・フォーマットが鍵となるのである。

一部のネットワークはいまだにX.25を使用しているし、電子出版システムの中にはWebもHTMLも使用していないものがある。このように、クリエイティブ・コモンズが提供する標準化ライセンスが意味をなさないケースは常にあり得る。だがクリエイティブ・コモンズはインターネットとシェアリングのエコシステムにとってのデファクト・スタンダードとなっており、他と同様に最適な標準化団体であると見なされている。

ネットワーク初期の時代、TCP/IPを擁護する僕たちのような人々は、様々な理由からTCP/IPを支持しない規制当局、法律家、技術者と議論を戦わせなければならなかった。現在でもクリエイティブ・コモンズに対する反対派はいて、彼らはネットワークの効用や、クリエイティブ・コモンズが可能にしているコラボレーションの恩恵を、理解もせず感じることもないのである。

そう遠くない将来、クリエイティブ・コモンズが、上記で見たようなインターネットの階層における新しいレイヤーと同じように後から考えれば当たり前のものになり、まだ想像すらされていないイノベーションのすべてが、ビジネス、社会、環境に対して非常に大きな貢献をすると僕は信じている。

クリエイティブ・コモンズで秋の資金集めキャンペーンを開始した。まず、クリエイティブ・コモンズを支え、支え続けてくれているすべての皆様に感謝したい。特にここ数日の間に早速送金をいただいている方々に感謝する。

昨今の厳しい経済状態において、クリエイティブ・コモンズをグローバル・スタンダードに、またお茶の間でも知られるようにするという我々の野心的な目標に向かうためには、個人からの支援がますます不可欠になりつつある。小規模の非営利団体である我々は、際限あるリソース、そして不況の影響を痛感している。スタッフはすでにフル稼働状態なので、我々だけでは手の届き得ないところにもクリエイティブ・コモンズを普及させるためには、皆さんの協力が必要なんだ。今こそ、我々の挑戦に加勢し、クリエイティブ・コモンズに投資をしていただきたい。皆さんの時間、リソース、そしてコンテンツを投資していただきたい。
http://support.creativecommons.org

我々のあげてきた成果は当初から、コミュニティの支えあってのものだった。世界中で法律の専門家、教育者、芸術家などの(僕自身を含む)何百人ものボランティアがいて、それらの方々が協力して、合計52の地域にてクリエイティブ・コモンズのライセンスを導入、翻訳、普及させるために貢献してくれている。クリエイティブ・コモンズを支えていただくことで、それらの熱心なボランティア、そしてクリエイティブ・コモンズが容易にする共有を享受してきた何十万人もの人々の努力の意義が増していく。手持ちのコンテンツをクリエイティブ・コモンズにてライセンスし、クリエイティブ・コモンズの名を友人や家族に広めていただくことで、皆さんはこの成長しつつあるネットワークの一部となる。そして共に、オープンで敷居の低いインターネット実現のための土台を築き続けることになるだろう。

今年は、毎年恒例の、コミュニティから募る資金集めキャンペーンの目標額を50万米ドルに設定した。皆さんからの支援は、その大小を問わず、我々の中核事業、および法律関連のツールを誰もが無料で利用できる状態を維持する一助となる。デジタルという名の土俵をより公平なものとし、インターネットの利点を善きことのための力として使いこなすことを可能にしてくれる。

そのような力はすでに形作られつつある。すでに2億5千万点を超すクリエイティブ・コモンズのライセンス下の作品が存在し、クリエイティブ・コモンズのライセンスがWikipediaから米国政府まで、科学系学術誌から有名大学まで、世界中の組織や業界の不可欠な構成要素となっている。クリエイティブ・コモンズがなければ実現しえなかった、共有された文化作品が一大カテゴリとなっている。これらの作品は皆さんと、私と、我々全員の共有財産となっている。コミュニティ主導の、発展途上であり非常に重要であるこの文化の未来を明るいものとするため、皆さんに是非ともご協力をお願いしたい。

皆さんはそれぞれ、クリエイティブ・コモンズがその促進に努める、協力、革新、創造、参加という豊かで活気のある文化に、いろいろな価値を見出していると思う。皆さんには、http://support.creativecommons.org でどのような形でご協力いただけるかを知っていただき、お手伝いいただければ幸いこの上ない。

なお、ブログを書いている方は、この告知を広める一助として、ご自身のブログにボタンを載せてもらえるようであれば、大変ありがたい。
https://support.creativecommons.org/spread

From Upside/downside graphs
From Upside/downside graphs

長年にわたり、Reid Hoffmanと僕は、ベンチャー投資や、ベンチャーで成功の鍵となる要素について色々と話し合ってきた。Reidは紙ナプキンに小さなグラフを描いて、ダウンサイドへの注力とアップサイドへの注力の違いについて話すのが好きなんだけど、その話を少し肉付けして皆さんにもご紹介しようと思う。

販売重視の通常の企業や組織は、営業がうまくいっていれば毎月売り上げが伸びていく。売り上げを伸ばすために相当な量のエネルギーが使われている中、長期的にみると大抵はそこそこの売り上げ成長率で頭打ちとなっている。

一方で、企業のダウンサイドというのは際限ないものだ。プロジェクトの運営が不適切だと、無限に近い費用がかかってしまいかねないし、運営会社に大量の出費を強いるリスクが無数に存在する。

企業の規模が大きく、定着の度合いが強いほど、組織全体としてリスクを軽減し、コストを最小限に抑えることで利益を増やして自らを守ろうとする傾向になりがちだ。

これに対し、ファンドもしくは個人ベンチャー投資というものは、ダウンサイドが比較的限られている。どんなにひどくても、投資した金と時間を失うくらいですむ。

一方でベンチャー投資のアップサイドというものは、レバレッジが大きい。いい案件に投資すれば、わずかな増分コストだけで投資額の何百倍、何千倍の金を得ることも可能だ。鍵となるのはそのいい案件に投資が出来ることで、場外ホームラン級の大きな一発を打てる会社に必要な協力と支援を提供し、成功の可能性を最大限に高めてやることだ。

実際、成功を収めている投資家のほとんどは、子飼いの企業のうち成功している企業に時間の大半を割いており、業績の振るわない会社にはほとんど時間を使っていない。

多くの場合、業績の悪い会社こそが手助けを必要としているのであり、直感的には自分がした投資を守ることを考える。投資家の多くは、業績の悪い会社の支援と管理に時間のすべてを費やしている。

伝統的な企業理論に基づいた教育の影響で、人は脇目を振らずにアップサイドに一点集中するのではなく、ダウンサイドを最小限に抑えることに注力してしまうようだ。しかし、ベンチャー投資の話となると、最大でも投資額が失われるだけの話なのだ。弁済により、投資した5000万のうち1000万を取り戻すことの重要性は、次のいい案件にしっかりと乗って、可能性を秘めた投資先がちゃんとその可能性を開花させ、取得してくれる親会社やパートナーを見つけられるようにすることに比べれば、遥かに些細なことなのだ。

契約交渉のしかたにも同様の影響がうかがえる。数パーセントや取引上の数ポイントの差でも、企業およびその企業との関係に悪影響を与え、足止めをし、崩壊させてしまう可能性がある。ベンチャーとの取引で、少しでも高いパーセンテージで取り分を増やそうとするのは、その会社が成功を収めない限りは無価値のままのものを取り合う行為だ。利益を得る可能性は、企業家を壁際に追い詰め、少しでも高いパーセンテージの取り分を得ようとする場合よりも、手助けや支援を提供した場合のほうがよっぽど高くなるはずだ。

カモにされたら馬鹿みたいな話しとか、いいかげんにやってしまうのは無用心だけど、企業家を不必要に追い詰めてはした金を得るのは、アップサイドの可能性拡大が本命である状況では割りが合わないだろう。失敗した事業の取り分が多くても、たいした金になるわけではないのだ。

腕のいい投資家は誰もがこのアップサイド対ダウンサイドの注力について理解しているのに対し、ダウンサイド最小化モデルの中に生きているパートナー、共同出資者、企業家と接する際には僕も苦労することが多い。ダウンサイドの最小化は、多少は金の節約になるかもしれないが、長期的にはアップサイド重視のモデルのような利益が得られることはないだろう。

(訳)

前回シカゴを訪れた時、John BrackenおよびFitzことGoogleのBrian Fitzpatrickが、マッカーサー財団、Googleおよび政府関係者何人かを含む様々なコミュニティの人々を集め、会議を開催した。

その会議で僕は、アジャイルソフトウェア開発やRuby on Railsといった比較的新しいソフトウェア開発の慣習や枠組という文脈で、革新について考えをいろいろと述べた。Reid Hoffmanがよく言っているように、「製品の初回リリースを恥に思っていないようじゃ、リリースが遅すぎだ」ということだ。Linuxの早めかつこまめなリリースという思潮と、Ruby on Railsや他の言語、枠組を使って一週間でこなせる「本当の仕事」の量を組み合わせると、初期段階の消費者インターネット投資の様相がまるで変わってくる。

一般的には、プレゼン用のデッキよりも、プロトタイプを作るほうがおそらく安上がりで早く、効率的だ。マーケティングや推測を重ねるよりも、実際のユーザーに何かをテストしてもらうほうがおそらく簡単だろう。アイディアを持っている人のほぼ誰にでも僕がおすすめしているのは、とにかくモノを作ってしまって、ユーザーがある程度食いついてくるまで実装を続け、その食いつきを元にエンジェル・インベスターに売り込みをかけるということだ。これはIETF(Internet Engineering Task Force)の古くからのモットー「大まかなコンセンサスに、実行可能なコード」に則したやり方だ。

アジャイル開発では、短いサイクルでの実装に注力し、ユーザーからの反応が以後の実装に常にフィードバックされていく。

アジャイル開発の対極にあるのは、何をやるかを長時間かけて決め、問題を事前に予測し、提案依頼書を書き、プロジェクト完了まで請負業者と作業をし、デバッグをし、そしてメンテナンスを行うという流れだ。

その場合の問題は、現実世界では事情が変化するため、この流れが終わる頃にはだいぶ見当が外れてしまっていたり、そもそも最初のバージョンが適切でなかったりするので、結果的に2年遅れで100項目の的外れな仕様を盛り込んだようなモノができてしまうわけだ。アジャイルソフトウェア開発ではユーザーと共にテストし、進化し、共鳴しつつ導いてもらうことになる。各々の「階層」ないし要素がより小規模で、テスト済みであり、簡単に単離して除去/変更可能である(はずな)ので、総じてテストとリファクタリングが容易になる。

僕にとって非常に興味深かったのが、この話し合いに対する政府関係参加者の注目ぶりだった。ある会議での誰かのコメント(面目ないが誰だったかは失念してしまった)を思い出した。大規模のソフトウェア開発や政府の政策では、要素を追加する(法律に項目を追加するようロビイングする)ことのほうが、要素を削除するよりも簡単だ、という趣旨だった。誰もが、追加したいと思っているお気に入りの要素を抱えている。そして法律やコードにいったん組み込んでしまうと、要素や複雑性を除去しようとする動機はとても弱くなってしまう。結果として、Windowsや最近の一部の携帯電話、多くの政府政策がそうであるように、巨大で、普通の人々が理解するには複雑すぎて、当初の目的さえもそんなにうまくは果たさない、お荷物的なブロートウェアができてしまうのだ。ブロートウェアは、そもそもの存在意義を見失い、運営側のエネルギーのほとんどをプロセスそのもので吸い尽くしてしまう。単位を小さくしてちゃんとしたテストの仕組み(オブジェクトレベルでのアカウンタビリティ)をもち、アジャイル開発を行うことで、ブロートウェアができてしまう要因をいくつか緩和できるはずだと僕は考えている。

また、あらゆる声に耳を貸してから巨大なプロジェクトに着手するのではなく、政府政策を固定してしまわずに要素単位で実施するというアプローチは、適切な構造および統制がとられている状況でこそ効果を発揮するのだと思う。アジャイル開発者がこれまで見つけ出したものの中には、政策や他の取り組みを考える際に参考になりそうな事項が多数あるように思える。

1)エクストリーム・プログラミング:2人組で同じ画面で作業をし、互いにチェックをしつつ、相手の生産性や種々の技を学んでいく。実装段階ごとにパートナーを交代していく。とても効果的なノウハウ共有手段だ。

2)テストの仕組み:あらゆる面で不具合が出るだろうという前提に立つ。自分がビルドしたものが不具合を出した時に、周囲の他のオブジェクトにどのように影響するかをテストする。何かが不具合を出した時に確実にそのことに気づき、原因が特定できるようにする。人的、ネットワーク的、金銭的、コンピューター的な不具合に対し堅牢なシステムを構築し、バックアップ用のシステムも構築する。テストの仕組みはシステムに変更を加えた時に何が壊れるかを特定する一助にもなり、後で何かを変更、除去、リファクタリングしたい時に役立つ。

3)小規模で実施:チームの人数を増やしすぎず、大きな問題は小さな問題に分割する。小さな問題はごく少人数のグループでもこなせるような「階層」もしくは短期間のタスクに分割する。

4)提案書、仕様書、提案依頼書はなし:タスクの把握にはPivotal Trackerのようなトラッキングシステムを使う。巨大なプロジェクトシートや、開始前に全てを決定しようとするのは避ける。各小規模グループがその領分内でコンテキストを共有すること、そして個々の小パートが正しく動作し、周囲の要素に悪影響を及ぼさないことのほうが重要である。

非直観的に思えるかもしれないけれど、多数の小グループに自らの堅牢さ、迅速性、そして相対的な自立性をもたせることに集中させたほうが、上層での決定がより容易になり、本来の目標に集中することができると僕は考えている。マイクロマネージメントは巨大で非効率だ。各小グループはシステムへの入力と、「ユーザー」からのフィードバックを提供する。区分けされていない小グループはシステム全体を、より柔軟かつ「アジャイル」(身軽)なものとし、変更の際も何も壊さない素早い適用を可能にし、構造よりもコンテキストに注力できる。

この分野に関する僕の考えの大部分は、新生銀行のJay Dvivediとそのチームを見てきたことと、Pivotal Labsの皆さんと少し仕事をしたことに端を発している。ここまでこんなに長文のブログ投稿を書いてきたわけだけど、僕はまだアジャイルソフトウェア開発の世界にはわりと新参ではあるものの、そこで形作られつつある慣習のいくつかは、政府の政策展開のみならず、様々な他分野に適用できるのではないかと考えている。

RFC Online Media Creativity Workshop
RFC Online Media Creativity Workshopの参加者たち

日曜日からヨルダンに来ていて、非常に楽しい時間を過ごしている。死海沿岸で行われているWorld Economic Forum on the Middle East(中東に関する世界経済フォーラム)の最終日にちょうど間に合うタイミングで到着した。World Economic Forumの運営陣の何人かにクリエイティブ・コモンズについて話すことができ、彼らが写真をCC-BY-SAライセンス下でFlickrに公開してくれたことに直接お礼を言うことができた。

Entrepreneurs Week programの一環としてQueen Rania Center for Entrepreneurship(QRCE)で講話をした。スマヤ王女およびQRCEのチームのおかげでとても楽しめたし、何人かの意欲的な起業家に接する機会を得た。

ヨルダン来訪の主たる目的はワークショップの開催だ。すでにクリエイティブ・コモンズの地元代表である頼もしいDonatellaの協力のもと、Royal Film Commission(RFC)の主催でSAE Institute Ammanにて開催中だ。参加者の選出にはJordanian Media Institute(JMI)も協力した。これは前回アンマンを訪れた際、RFCとJMIの理事長を兼ねるリム王女と、彼女の率いるチームと話し合って決めたことだ。

今は5日間予定のワークショップのまだ3日目だけど、RFCの皆さん、特に、多大な貢献をしてくれているMaisに感謝したい。また、最先端の会場を手配してくれたSAE、様々な面で強力にサポートしてくれているテクニカルスタッフの皆さんにも感謝したい。そして何よりも、申し込んでくれた学生の皆さんに感謝するとともに、参加がかなわなかった学生の皆さんにお詫びを申し上げたい。収容人数の関係で、申し込んでくれた方々の多くをお断りせざるを得なかった。地方全域から応募をいただいており、参加者の選別がとても難しかった。

結果、ワークショップに参加してくれているグループには大変満足している。出自、文化、年齢のいずれにおいても非常に多種多様な顔ぶれとなっていて、意欲と創造性あふれるそれらの人たちが協力しあって作業をしているのは素晴らしい光景だ。また僕は、これがピアツーピア的なワークショップになってきていて、参加者一人一人が学ぶだけではなく教える立場としても貢献したり手伝ってくれたりしている点を嬉しく思っている。僕自身も間違いなく、教えている分と同じくらい多くのことを学ばせてもらっている。

この短い期間でできるだけ多くのことを成し遂げようと、全員がプロジェクトの作業に専念している最中なので、編集まではまだほとんど手が回っていないものの、我々が設置したブログで大まかな進み具合を見ていただくことは可能だ。我々はTwitterで発信もしているので、タグ「#rfconlinemedia」で会話の流れを追っていただけるだろう。できればワークショップの終了後もこの動きの一部を続けていければと思っている。

最後に、この無茶なスケジュールをしっかりとまとめてくれたDonatellaに(そしてMikaにも)感謝したい。

まだ4日間は現地にいる予定なので、またあらためて、総括的な内容の投稿ができればと思っている。

Muneaki Masuda
増田宗昭氏

先日CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社)の社長である増田宗昭氏から社外取締役になるようお誘いを受け、5月12日に発表された

増田氏とは10年ほど前からの知り合いであり、様々な研究グループやワーキング・グループでご一緒している。彼とCCC(TSUTAYA)は80年代、日本でレンタルビデオのフランチャイズ産業を築き上げ、現在、国内最大規模のポイント・システム(ユーザー数約3000万人)を運営している。

僕の社外取締役としての役割はインターネット関連と国際関連で協力することだ。

詳しくはいずれまた...

twitter

  • 13hrs‹17mins«RT @jankarel: Funny history Top Linkedin ppl: when LI launched @Joi Ito 1st, when Toplinked launched '06 (i was 6th) http://www.toplinke ...
  • 13hrs‹54mins«Packing up to catch a 4 hour public bus ride to San Jose from Puerto Viejo with @haller
  • 23hrs‹47mins«Noob surfing left me with a deadly combination of sun burn, sore muscles and scrapes, but it was totally worth it.
  • 1d«Sorry, I'll figure out soon! RT @thomasknoll: @joi might not know what he's going to talk about ( http://bit.ly/cwB0zt ) but I have no doubt
  • 1d‹22hrs«One more day of Costa Rica time. Apologies to those who have outstanding email to me. Will catch up soon.

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